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2017年2月 4日 (土)

”デビッド・ボウイの呪い”についての新しい仮説

Celebrating David Bowie JAPAN Project のイベントに行ってきた。

デビッド・ボウイはち2016年1月になくなってしまったのでもちろん本人は来ない。彼に大きな影響を受けたアーティストたちが彼の歌を歌う。そういうイベントだ。

前の記事にも書いた出れど、恥ずかしながら僕はデビッド・ボウイのことをほとんど知らない。

会場は東京ドームシティホール。我が家からわずかなところだから、薄着で手荷物も最小限で出かけた。僕がJ-WAVEからもらったチケットは2人用で、実はもう一人一緒に行くことができた。デビッドボウイが好きな人は多そうだし、12,000円もするものだから喜ばれるとは思ったのだが、あいにく何人か誘った友人は皆、都合が悪かった。

入口で「チケット譲ってください」なんてボードを出している人がいたら、一緒に誘って入ろうかとも思ったのだが、入口付近にはそういう人も見当たらない。仕方ないから一人で入場した。

アリーナ1階で立ち見。予定時刻を10分ほど遅れてステージがはじまった。大音量にあわせて人々が体を揺らす。

実は今日のイベントはかなり辛い体験になるかもしれないと予想していた。実際は予想通りに辛いものだった。

さすがに少し予習をしていったので、半分くらいの曲は聞き覚えがあった。気持ちいいなと思える曲もあった。しかし僕はあまりにもデビッド・ボウイの事を知らなさすぎた。感動を共感できないのだ。

これは誰が悪いと言うことではないと思う。演者たちの技量が劣っていたとかいうことでもないし、僕が悪いわけでもないはずだ。ましてデビッド・ボウイに非はない。これは相性なのだ。

とても残念なことだけれども、それは僕の心に響く音楽ではなかったのだ。デビッド・ボウイが偉大な人物であったということは間違いない。これだけたくさんの人たちが彼の音楽やその周辺の事に心動かされ影響を受けたのは紛れもない事実で、そうでなければこうして死後1年も経って、プロの音楽家たちが日本へ来てまで立派なコンサートを開いたりはしない。だが、彼の音楽は僕の琴線には触れなかった。

一方で、これは一種の呪いである、という説もある。珍妙な仮説ではあるが、面白い。

それは私のワイフが高校時代に書いた卒業アルバムへの寄稿に起因する。ワイフはそのアルバムの中の「好きなもの」という項目に、「デビッド・ボウイ」と書いたそうなのだが、実は彼女自身もデビッド・ボウイについて聞いたこともなければ、ほとんど何も知らなかった。ただかっこつけるためだけにそう書いたらしいのだ。20年くらい前の女子高生は、デビッド・ボウイを聞いていることが素敵なことだったのだろう。

僕として驚いたのは、聞きたこもないよく知らないアーティストの名前を、よくもまあ、卒業文集のような将来にまで残りそうなものに書いたことだ。

その不届きな振る舞いに、デビッド・ボウイが怒って、20数年の時を経て、私を使って彼女に天罰を下したのかもしれない。

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